//去りゆく者からの置き土産

去りゆく者からの置き土産

 今年に入り、私の周りだけでもう三、四人の友人から年内の帰国を告げられた。うち一人はカンボジア歴15年以上で私よりも長くカンボジアで生活をしてきた、カンボジアの酸いも甘いも知り尽くしている人である。以下、Aさんとする。

 私も10年以上カンボジアに住んでいるが、多くの人が帰国したり、別の国に移住するのを見送ってきた。理由はそれぞれで、任期満了に伴う帰任や新たな国への赴任など会社の事情によるものから、事業がうまくいかず余儀なく撤退や持病の悪化による治療のための帰国などの個人的な理由などが代表的なところだろう。

 Aさんにはこれまでの15年の間で転職やコロナ禍など帰国を決断してもおかしくないタイミングが何度かあった。

 しかし過酷なコロナ禍を耐え忍んだにも関わらず、なぜ今帰国を決断したのか。

 Aさんに話を聞くと、今になって帰国を考え始めたのではなく、1年前から帰国を視野に入れつつカンボジア、それを取り巻く世界の状況を見つつ考え続け、1年越しに下した決断だそう。さらにそこに輪をかけて80歳を超える両親のケアをこれまで兄弟に任せっきりだったとのことで、その辺も影響したようだ。

 これまでを振り返り、どのタイミングで帰国しておけば良かったか?との問いに、澱みなく「やっぱり今だと思う。」と答えた。

 当初は駐在スタッフとしてカンボジアにやってきたAさんは、今ではローカル企業で勤務する。そのため雇用され続けている限り生活は続けられる。しかし若くもなく、社内では唯一の外国人、当然カンボジア人スタッフよりも高い給料を得ている。Aさんは2023年頃からカンボジアの経済回復が実感できない中、この状況が続けば、自分が活躍できる場はますます狭まる。自分の存在が負担になっていくだろう。このように考え、身を引くことを考え始めたようだ。

 カンボジアに長く住み続けている人が優れているとは限らない。運や縁でも左右される。だからこそカンボジアに住み続けたいと思っている人はこれをきっかけに自身のカンボジア生活を見つめ直してもらいたい。

 最後にカンボジアに残る人やこれからカンボジアにくる人に向けてアドバイスはありますか?との問いに、「一番重要なのは自己実現力かも。とかく日本社会では出すぎ、目立ちすぎ、周りと歩調を合わせない、個人的すぎる人は好まれないかもしれないが、自ら現地の言葉、生活様式、商習慣、時事情報などをしっかりと学ぶ姿勢をもって、自分の意見、豊かな発想力と創造力でもって、自分で生活を切り開いていくことが重要。会社などの組織、もしくは似たような価値観が集まるような集団の中にいるとあまり意識されることではないが、海外では常に会社員でいられるわけでもなく、個人で勝負すべき状況は増えていく。常日頃から個人の能力の向上を図り、その能力で活動できるようにしておくことは重要になってくると思う。」

と答えたAさんはいつもと変わらず笑顔で前向きだった。