かつて教科書すら満足に届かなかったカンボジアの学校に、今やスマートフォンを持つ生徒が当たり前のように通う時代が訪れた。FacebookやTikTok、YouTubeが若者たちの生活の中心となり、情報へのアクセスは格段に向上したように見える。
だがその裏で、カンボジア社会はいま、新たなリスクに直面している。「情報の洪水」に溺れる若者たちの、デジタルリテラシーの低さである。
プノンペンの高校に通う18歳のある女子生徒は、毎日平均5時間以上をスマホに費やすそうで、「ニュースは全部Facebookで見る」と言うが、実際には誰が発信しているのか、情報源を確認する習慣はない。
また、2024年同市内の高校では「韓国で月収1000ドルのアルバイトがある」というSNS広告を信じ、渡航準備を進めていた生徒が数名、親に止められてようやく詐欺と気づくという事案が発生した。広告には本物そっくりの渡航証明や企業名が記載されていたという。
あるNGO団体の調査によれば、カンボジアの若年層(15〜30歳)の約87%がスマートフォンを所有しているが、「情報の信頼性を見極める方法を知っている」と回答したのはわずか29%だった。
2023年に実施された全国の中学校教員向け研修では、参加者の過半数が「フェイクニュース」「フィッシング詐欺」という言葉を初めて聞いたと答えたという。「スマホは急激に普及したが、使い方を学ぶ時間が奪われている」と警鐘を鳴らす専門家もいる。
特に地方では状況が深刻だ。コンポンチャム州のある中学校では、全校生徒の9割がスマホを持っているが、「正しい情報の見分け方」や「ネットいじめ」の対処法を学ぶ機会は皆無に等しい。同校の校長は「保護者も『ネットは危ない』と漠然と恐れるだけで、指導ができない」と嘆く。
また、情報リテラシーの欠如は社会の分断や偏見の拡大にもつながっている。コロナ禍では、ワクチンに関するデマがFacebookで拡散され、一部地域で接種拒否が相次いだ。政治関連では、特定政党や少数民族に対する憎悪を煽る投稿が大量に共有されている。
さらに最近ではAIの普及により、フェイク画像やフェイク動画が簡単に作れるようになったことで、求められるリテラシーの高さはさらに上がっている。
素直といえば聞こえは良いが、結果的にフェイクニュースの土壌になっており、前述の詐欺事件や社会の分断などの実害が生じている現状を顧みれば、批判的思考力の教育が不可欠なのかもしれない。
カンボジア政府は2021年に「デジタル経済・社会政策フレームワーク」を発表し、2035年までにIT教育の全国展開を目指すとしており、メディアを管轄する情報省は地道な啓蒙活動を続けている。
デジタル化は、確かに可能性を広げるツールだ。しかし、それは「使いこなせてこそ」の話である。カンボジアの若者たちが真に未来を切り拓くためには、スマホを持つ手に「知る力」という武器を加える必要がある。