//先端技術の落とし穴

先端技術の落とし穴

NASAのボールペンというジョーク話をご存知だろうか。

 有名な話なのでご存知の方も多いと思うが、知らない方のために簡単に説明すると、「宇宙では無重力となるため、重力で落ちてくるインクが落ちて来ずにボールペンが使えない。そのためNASAでは宇宙の無重力空間でも使えるボールペンの開発に100億ドル以上かけて開発した。一方ロシアは鉛筆を使った。」というNASAを皮肉ったような話である。

 実際にこの問題を解決しようとNASAが苦労したのは事実だが、NASAもロシアも鉛筆を使っていた時期があったものの、鉛筆は折れた芯や炭素の塵が電子機器に悪影響を与えるリスクや可燃性であることの危惧からより良い解決策が必要だったのである。

 そして開発したのはNASAではなくFisher Pen Company社のPaul C. Fisher氏である。圧力をかけたインクカートリッジにより無重力環境でも使用でき、-45度から200度までの温度変化にも耐えられる「AG-7」の開発に成功した。そしてロシアもこのペンを採用しており、一本当たりの値段はたったの2.4ドルだったそうだ。

 このジョーク話が意味することは何だろうか。

 問題を解決するという本来の目的を見失ってしまうと多額の費用をかけたにもかかわらず、まったく使われない無用の長物を開発してしまうことになり、NASAのボールペンのようなジョーク話が本当におきかねないということではないだろうか。

 昔は人々の暮らしの中で受け継がれた「生活の知恵」というものがあった。そしてその中には科学的根拠がしっかりしているものすらある。「生活の知恵」自体は専門的な研究の結果ではなく、実生活における経験に基づいた工夫や知識であり、それが後々に科学的にも理にかなっていたことが分かったというパターンがほとんどだろう。

 また、誰かの問題を解決することは商売における一つの鉄則である。しかし商売には必ず採算性が付きまとう。採算が合わない解決方法は、それがいかに人々にとって有益なものであっても世に出ることはない。安く、簡単で、誰でもできる「生活の知恵」は商売になりづらく、ともすれば商売の邪魔になりかねない。

 こうした背景や科学技術の発展により、多くの商品が世に出てきたことで人々は何かの問題を解決するとき、考えもしなければ工夫もせずに、まずその問題を解決してくれる商品を探すようになった。結果、人々の生活から「生活の知恵」は必要なくなり、受け継がれることもなく、やがて新たに「生活の知恵」が生み出されることが激減していった。

 もちろん技術革新や科学の発展は重要であり、世界中の多くの人々はその恩恵を受けて生きており、誰もそれを否定できないだろう。しかし同時に知恵や工夫も蔑ろにして良いわけではない。

 知恵と工夫は生活にのみ活かされるものではなく、ビジネスシーンでも知恵と工夫があれば乗り越えられる問題も多くあり、それを持つ者と持たざる者の差が明暗をわけることもある。

 さらに私は「生活の知恵」に芸術性を感じることもある。音楽には疎いがクラシック音楽はおそらく売上を意識して作られたのではなく、純粋に良い楽曲を追い求めて作られたものではないだろうか。だからこそクラシック音楽には純粋さを感じるし、どこか「生活の知恵」に通じる部分があるように思う。

 JATICでは仕事柄、日本のあらゆる会社を訪問し、実際に目にし、話を聞き、いろいろな先端技術に触れることが多くあるが、それが本当にカンボジアのためになるのか、カンボジアの何の問題を解決することができるのか、その技術でなければ解決できないのか?という点を見失わないようにしなければならず、それを見失うとただの自己満足になってしまう。

宇宙空間でボールペンが使えないという問題は、鉛筆を代用することで解決できるのだから。